日本との時差1時間、南シナ海に面したボルネオ島の北部に、三重県と同じくらいの大きさの王国ブルネイがあることをごぞんじだろうか。正式名称ネガラ・ブルネイ・ダルサラームル とは「ブルネイ王国平和の住むところ」という意味。国土の周囲はすべてマレーシアに取り囲まれており、日本人にはあまり馴染みのない国かもしれない。風水害なく地震もない、のどかな国である。
ここは戒律の国イスラム国家
イスラム教を国教と憲法に定めているため、国民の生活にはイスラムの影響が深く根差している。屋外スピーカーから流れる独特のコーランの響きが、異国にいるのだということを否応なく意識させる。国民のほとんどが敬度なモスリムであり、酒類やドラッグの取締は当然きびしく、断食(ラマダン)もある。大理石で造られたモスク(イスラム寺院)の広く静かなお堂で祈りをささげる人達。イスラム教はアラブの預言者モハメットが610年頃に唱え始めた唯一神アラーを信仰する宗教で、日本では知られざることの多い宗教だが世界各地におよそ8億人の信者をもつ世界宗教の一つになっている。もともとアラブは遊牧民族として古来東西の交易に従事していたので、アラブ商人の東南アジア進出にともない、イスラム教は貿易とともに海を渡ってここにやってきたわけである。
豊かな王国
1984年の独立以来、ボルキア国王による専制政治が行なわれているが、国民の間に反国王感情はほとんどない。去年王子が16歳の花嫁と結婚式を挙げて国際ニュースになったので記憶に新しい。なにしろ個人の所得税はなく、医療費、教育費は無料、公共料金も安いときている。生活水準、教育水準ともに高く、国民総生産はかのミャンマーの20倍。テレビ、ビデオ、エアコンはもちろん、車は一家に2台があたりまえとか。街の清潔さに感心し、静かに走り行く高級車の多さに唖然として、ここは、ほんとにアジアなのかと思ってしまう。ほとんどの物資を輸入に頼っているが、市場競争はさほどないらしく、物価は日本より高め、皆んなブランド指向で、若い女性はサンダルに普段着で当たり前のようにルイ・ビトンのバッグを肩から下げたりしている。そんなブルネイの富を生み出しているのが、実は石油と天然ガスなのである。国庫歳入の90%以上はこれらの輸出からなっており、しかも石油の60~70%、天然ガスのほぼ100%が日本に輸出されている。意外なところで日本と結び付いていたのである。
守られるライフスタイル
しかし彼等にも変えがたい、何世紀もの歴史をもつ生活習慣がある。それは水上生活である。信じられないことなのだが現在でも、多くの国民がブルネイ川の上に水上集落を作って生活しているのである。決して清潔な場所とはいえないが、国がいくら移住を促しても、住人たちは動こうとしない。暑い気侯を凌ぐには、涼しく快適なのだそうだ。どんなに贅沢な物に囲まれても昔ながらのゆったりとした暮らしは譲らない、「心の豊かさ」を失わないという証拠でもある。
いま見失いたくないもの
振り返ってみて、日本はどうだろう。バブル時の贅沢さこそ薄れたものの、不況と言われながらも豊かさを実感している日本である。ブルネイとは大きく違うところがある。それは、経済の急成長にともないライフスタイルもすっかり様変りしてしまったこと。もっと豊かさを、もっと便利さや快適性を求め続け、欲望は留まるところをを知らないかのように見える。はたして、日本人は「今」に満足していないんじゃないだろうか。
この違いはどこにあるのか。ブルネイには規則や戒律を重んじる「イスラム教」があるからか。日本にも仏教があり宗教の自由もあるではないか。終わりのない自問自答が続く。いったい仏教は今の日本人に充足感をもたらしてはいないのだろうか。
こころのよりどころを求め、さまよう人々。宗教により民の心が落ち着いている国。宗教により争いを始める国。宗教により国境を越え、宗教により異文化もひとつになる。そして、人は口をそろえて言う。宗教ではもはや癒し得ない国、日本。まるで煩わしいもののように、腫物にさわるように宗教を語ったりする。それでも手を合わせ、合掌している私たち…
今日もブルネイの人々が何ものにも追い立てられることもなく、揺るぎないゆったりとした自分たちの暮らしを始める。乗り合いの水上タクシーで河川を猛スピードで疾走する姿に、たくましささえ感じ、まぎれもないアジアを見るのだった。