光明摂取の阿弥陀さま

 現実的な生活にうちこめるようになるのは

 阿弥陀さまの《光明》のはたらきです

 このままの自分に生きる価値があるから

 無理して自分に価値をつくりだす必要がないから

 迷うことなく目の前のことに打ちこめるのです

 「阿弥陀さまの《光明》が私を照らしていてくださる」

 というのは、そういうことです


心の動きをしずかにみつめられよ

心は万象にしたがって転ず

行いにとらわるることなかれ

三業は、皆罪悪の淵に沈む

安心しようとあせる事なかれ

安心したからとて浄土往生ではない

おのが心をあてにすることなかれ

心は流水の如し、しばらくも、とどまることなし

明日をまつことなかれ

無常の殺鬼は時をえらばぬ

業道は恐ろしい、因果は、必ずめぐる

信心をつかもうと思うことなかれ

信心をつかもうと思う心の主は

誰ぞと思いかえりみよ

凡夫自力の濁った心が

信心をつかもうと欲する心ではないか

如来至心の清浄真実の月かげは

凡夫自力の手をもって、つかむことはできない

信心のもらいだめはできぬ

思いにとらわるることなかれ

おぼえた心に、かかわることなかれ

罪悪深重

散乱放逸のいたずらものはこの私である

罪悪を、おもうことなかれ

しばらく、それらを打ちすてて

しかも助かる法がある

南無阿弥陀仏の

本願力の呼び声が即ち、これである

本願成就の帰命尽十方無碍光如来の

正覚の功徳力の外に

真実の救いはない      

信も行も

凡夫の方より持ち出すものなければ

南無阿弥陀仏は独立である

久遠劫来の罪も、あさましき事も、

心の奥の奥まで、底の底まで見抜いて、

その上に、我らの信も行も

きくことも安心することも往生も、

疑いをはらす力まで成就して

この私を抱きかかえて立って下さっているのが

光明摂取の南無阿弥陀仏という親様である

光明摂取御和讃のメロディーを聴いてみる
(koumyo.mid)12KB

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