落語の祖

京都市随一の繁華街、中京区の新京極通りに面した誓願寺。東海地方を中心に約280の末寺を抱える浄土宗西山深草派(せいざんふかくさは)の総本山だが、この名刹(めいさつ)と落語の深いかかわりを通りがかりの若者や観光客の大半は知らない。

 江戸初期の第五十五世住職、安楽庵策伝(あんらくあんさくでん)(1554〜1642)は、話術が巧みだった。20〜30歳代に山陽地方で布教したが、仏の教えを説くだけでなく、庶民の暮らしに見いだした滑稽(こっけい)話を挟み、聴衆の笑いを誘った。

 その挿話を、策伝自身がまとめたのが「醒睡笑(せいすいしょう)」。全1039話の幾つかは江戸末期、「子ほめ」「無筆(むひつ)の犬」などの落語に生まれ変わる。こうして策伝は「落語の祖」と呼ばれた。

 落語には今も、仏教用語が残る。「高座(こうざ)」は説教僧が座る一段高い席。高僧の前に説教を行う弟子は「前座(まえざ)」と呼ばれ、これが格付けの一つ「前座(ぜんざ)」になったという。

 浄土宗は法然(1133〜1212)が開いた宗派。ひたすら仏の救いを信じ、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」を唱えて死後、極楽浄土に生まれ変われるよう願う。貴族に独占されていた仏教を、民衆に広めたところに法然の意義があり、“改革”がある。

 文字の読めない民衆に教えを説くには、いかに聞いてもらうか。笑いでひきつけた策伝の説教は一見、破天荒に見えて、実は時代のニーズにかなった優れた手法だった

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