「本来、墓も仏壇も不要である」という仏教の教えがある一方で、
人々はカタチあるものを求めているのも事実です。
それを単に「人の欲」として切り捨てるのは簡単ですが、
「こころのよりどころ」として、その存在を認めるところに仏壇がるのだと思います。
もともと、仏壇の起源は床の間の「しつらえ」にあるといいます。
平安時代末期や室町時代には、正面中央に仏様の軸を掛け、
その前の床板に三つ具足を飾って礼拝しました。
その昔、大陸の遊牧民がテントの中に、
本尊の絵を軸にして掛けて礼拝していたことに由来します。
その後、江戸時代になって、寺の内陣を模した金色の仏壇や
重厚な堅木の仏壇を住居の中に安置するようになったのです。
仏壇は、その前に身をおいた私に、
「生きざま」を問いかけてくる存在であると思います。
「私」にとって本当に大切なもの尊いものは「何か」ということに
気づかせてくれる場であるのでしょう。
それはあえて、住まいの中の「しつらえ」として、
あらゆるものからの恵み対する感謝の気持ちをあらわし、
同時に「安らぎ」を得ることができるのだと思います。
「こころのよりどころ」であるのだと思うのです。
仏壇の前では礼節として座ります。
姿勢を正し、手を合わせると
自然に胸が開き、背筋が伸びます。
それが私たちのカタチ(合掌)となっていくのです。