◆香りから色が生まれるという不思議
一千有余年の昔、
芳香に秘められた神秘の色を発見したのは、
平安の王朝人である
ここに幾粒かの丁字(ちょうじ)がある
丁子は大陸渡来の貴重な漢方生薬にして
香を作る香料でもあった
この黒く干からびた丁字の粒の中に
ときめきの黄金色が潜んでいようとは
誰が想像できたのか
水の中の丁字がゆっくりと染み出す色に
綺の糸(絹)を浸し、干してはまた浸す
幾度も繰り返されるその長い時間
現代の染織のように沸騰させることもない
丁字の香りも蒸発することなく
ゆっくりと色と共に糸に染み
やがて綺の糸を黄金色に変えてゆく
その糸は手織られしなやかな布になる
綺の糸の布、綺麗な絹である
「宰相どのは すこし色ふかき直衣に 丁字染めのこがるるままで染める
白き綾のなつかしきを 着給へること さらめきて艶に見ゆ」
~源氏物語 藤裏葉の帖より~
丁字のこがるるままで染めるとは、
「こがれる想いが燃え尽きるまで」という気分の現れた色であり、
それは黄を感じるよりも深い金茶であろう
これが源氏物語に何度も登場する「香染(こうぞめ)」である
稲垣 良弘 ㈱日本香堂常務取締役