ぶつえいどう

清光寺

せいこうじ

天平21年(749)創建の神光寺を前身とする浄土宗の古刹。御本尊の阿弥陀如来坐像は国指定重要文化財で、定朝風の鎌倉初期の名作。十万人講や安産信仰でも知られ、境内には松阪商人や文化人の墓が数多く残ります。

山号
三縁山
宗派
浄土宗
本山
京都知恩院
本尊
阿弥陀如来
所在地
515-0083三重県松阪市中町2023
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電話
0598-21-0434

由緒・歴史

清光寺の前身は、天平21年(749)に参宮古道沿いの町平尾町清光寺浦に創建された神光寺と伝わります。

西行法師が伊勢参宮の途次、この寺に立ち寄り和歌を残しています。

伊勢嶋や石津の浦によする浪のかたし貝をも拾いつゝ見む えなつなる松のひまより見渡せばそかひに霞むあのゝ遠山

※石津は今の石津町、えなつは今の郷津町

保延~久安(1135〜1150)の頃には真言の僧が不動明王の尊像を安置し、霊場として栄えました。

その後一時荒廃しましたが、大栄3年(1523)に第一世和尚が再興し浄土宗に改宗。神光寺を改め清光寺として開山し、阿弥陀如来の尊像を安置して浄土の宗風を広めました。織田信長公・蒲生氏郷公の重臣であったことから、松ヶ嶋領地内で第一の格式を誇ったといいます。

松坂城下への移転

天正16年(1588)、蒲生氏郷公の松坂城築城と城下町経営により、寺地を現在の日野町八雲神社の南方付近に移されました。

明暦年間(1655〜1657)には、徳川将軍家の菩提所である江戸増上寺の上人が参宮の途次、当寺に止宿。山号の「三縁山」が増上寺と同じで恐れ多いと申し上げたところ、「昔からの山号を今更かえるに及ばず」と申され、寺名の御筆跡を賜ったと伝わります。当寺の寺紋は徳川家の御紋で、江戸時代には徳川将軍家と南紀和歌山藩主の御位牌を御守りしていました。

元禄3年(1690)に近隣の火災で類焼にあい、翌4年に現在地に移転。本堂・六坊を再興しました。現在の院号は中興開山第18世・乗蓮社大誉信阿上人の功績にちなんで命名されたものです。その後、山門等も完備されました。

二度の火災と再建

明治33年(1900)、同38年(1905)と再度の火災で類焼にあい、本尊をはじめ寺宝・記録等をことごとく失いました。わずかに両山門、鐘楼(梵鐘は元禄16年(1703)辻越後守政種の鋳造)、地蔵堂などが残りました。

第47世・戒誉上人はただちに再建に着手し、明治44年(1911)に本堂を再興、御本尊を京都から迎え入れました。

弥陀三尊 ── 御本尊と脇侍

阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財)

鎌倉時代初期の作。明治45年(1912)2月8日に国宝に指定され、昭和25年(1950)8月29日に重要文化財に移行しました。

像高87センチの漆箔像(漆の上に金箔を貼り付けた像)。右の掌を外に向け、左の掌を上向きに垂れた印相を結びます。眼は水晶を用いた玉眼です。

衣文が流れるように美しく、各部の釣り合いもよく整い、温雅で静かな品格が漂います。名仏師の作品に似ていることから定朝風と呼ばれ、鎌倉初期のすぐれた作品として評価されています。

光背は舟形で、中央は二重の光輪が仏身をめぐり、全面の千体仏の中に七仏が配されています。光背上面の銘文によると、本尊は恵心僧都(943〜1017)の御作で、光背と台座は寛文8年(1668)に作られたとのことです。

明治末期に京都からお迎えした仏像です。

脇侍 観音菩薩・勢至菩薩(松阪市指定文化財)

いずれも鎌倉時代初期の作。昭和37年(1962)3月8日に松阪市指定文化財に指定されました。

  • 観音菩薩 ── 像高73センチ。両手を両膝上に伸ばして八葉の蓮華を捧じています。
  • 勢至菩薩 ── 像高72センチ。両手で蓮花を捧じています。

三尊とも豊かな頬に仄かな笑みをたたえ、西方極楽浄土を願う人々を温かく迎えるために来迎されたお姿を感じさせます。

十万人講

参道入口には十万人講の道標が立っています。

正徳3年(1713)、第23世上人は百声の念仏の普及を志し、十万人講を起こしました。高さ三尺の阿弥陀仏の尊像を新しく造り、講に参加した信者の名と死者の霊名を尊像の中におさめました。しかも、そのための一切の投財を許さず、ひたすら念仏の日課百遍を勧めたといいます。

このことが増上寺第36世大僧正の知るところとなり、自ら入会。さらに直筆の名号(南無阿弥陀仏と書いた小さな紙)を賜りました。清光寺ではこれを印紙して信者に広く配布。この話はたちまち諸国に広がり、老若男女こぞって入会し、最盛期には五十万人に及んだといいます。

祐天堂と安産信仰

十万人講の頃に建てられた祐天堂には、十万人講の阿弥陀仏・祐天大僧正の尊像を安置し、一切経を収めています。堂内には回転する経蔵(転輪蔵)があり、人力で一回転させると一切経を全巻読んだ功徳があると言われています。

祐天上人のご功徳には安産のご利益があるとされ、その伝説は江戸地方から松阪地方にも根づきました。祐天堂の扉に安産を祈る人々が絵馬を結んでいく信仰は今も続いています。

墓地の著名人

歴史の深い当寺には有名人の墓が多くあります。

  • 松阪商人の名家 ── 長谷川家、中川家、寺西家、竹内家、鈴木家
  • 画家 鈴木英仲
  • 日本電気工学の泰斗・名誉市民 丹羽保次郎
  • 篠田山清光寺墓地には書家、力士の墓も

主な文化財

  • 木造阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財・鎌倉時代初期)
  • 木造観音菩薩像(松阪市指定文化財・鎌倉時代初期)
  • 木造勢至菩薩像(松阪市指定文化財・鎌倉時代初期)

※ 本ページは公開情報を元に作成したドラフトです。内容は今後取材により補強していきます。

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